論語四十八の言葉(48)「浸潤之譖、膚受之愬、不行焉、可謂明也已矣、浸潤の譖(そしり)、膚受(ふじゅ)の愬(うったえ)行われざる、明と謂うべきのみ。」2016年07月22日 11:27

孔子が、子張から聡明とはどういうことかと問われて答えた言葉である。浸み込むようなじわじわとくるつらい悪口や肌身に受けるような痛切な訴えに人は心を動かされて、おだやかでいられないものだが、そうしたことに関しても、動ぜず、物事の本質を判断できるなら聡明と言ってよいだろうと語っている。

 

耐えがたいような誹謗中傷や情感に訴える言質に接すると、ややもすると人は動じて心穏やかでなく、判断を過つことがあるもので、そうしたことのないよう、常に本質を見極める大切さをこの言葉を戒めとして、心にとめてきた。




論語四十八の言葉(47)「爲政以徳、譬如北辰居其所、而衆星共之(政を爲(な)すに徳を以てすれば、譬(たと)えば北辰の其の所に居て衆星(しゅうせい)のこれに共(むか)うがごとし。)」2016年05月20日 12:01

孔子が為政者の心構えについて語った言葉で、徳の心をもって政治を行えば、北極星がその位置を少しも変えず、周りの星々がこれを中心に指向しながら回転するように、人心は為政者に自ずと帰服するものだということである。

前回(46回)と同じように、これは何も政治に限らないことで、人の上に立つリーダは、北極星のように立つ位置をしっかりとし、誰からも慕われるような徳の心をもって導いていかなければならないのだと思ってきた。

私の経験から、自分の利のみを考え、部下のやる気をそぐような人も見てきたが、この言葉とともに、そうした人をつねに反面教師としてきた。




論語四十八の言葉(46)「毋欲速、毋見小利、欲速則不達、見小利則大事不成(速やかならんと欲すること毋(な)かれ。小利を見ること毋かれ。速やかならんと欲すれば則ち達せず。小利を見れば則ち大事成らず。)」2016年03月28日 11:17

孔子が、政治のことを子夏に聞かれて答えた言葉である。

早く成果をあげたいと思ってはいけない、小利に拘ってはいけない。早く成果をあげたいと思うと、かえって成功しないものだし、小利に気を取られると、大事は成し遂げられないものだと諭している。

 

これは何も政治だけのことでなく、物事を進める開発や、会社の経営にもそのまま当てはまるものだと、自分の戒めの言葉として大事にしてきた。




論語四十八の言葉(45)「君子不以言擧人、不以人廢言(君子は言を以て人を挙げず、人を以て言を廃せず。)」2016年02月19日 12:10

 孔子が、君子は言葉によって人を抜擢したりせず、また、人によって、つまり身分の違いなどによって、意見を採用しないということはしないものだと語っている言葉である。

 

つまり、言葉や外見、身分で人を判断するのでなく、其の人を良く見て人を判断し、意見は意見の内容で判断するのが正しいのだと言っている。

人の上に立つリーダや経営者というものは、人や意見を判断する能力を磨くことが重要であり、難しいことだが、少しでもこの言葉のようになるよう心がけてきた。



論語四十八の言葉(44)「人之過也、各於其黨、観過斯知仁矣(人の過つや、各(おのおの)其の党(たぐい)に於いてす。過ちを観て斯(ここ)に仁を知る。)」2016年01月08日 11:45

孔子が、人は過ちを犯すことがあるが、その過ちはそれぞれの人物の種類に応じて犯すもので、その過ちの内容、対応に自ずその人の本質、人柄が出て、誠実な人かどうかがわかるのだと語ったことばである。

 

私は、何回か述べてきたように、自分の経験から、若い人に失敗した時こそ、本物かどうかがわかる。トラブルに有った時こそ、その真価が問われるのだ。「トラブルを楽しみなさい」と繰り返し話してきたが、それはこの言葉に通じるからでもある。